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大阪地方裁判所 平成8年(モ)7166号 決定 1997年9月29日

申立人(被告)

大屋稔

外四名

右申立人ら訴訟代理人弁護士

玉生靖人

本井文夫

植村公彦

被申立人(原告)

宮内昇

外四名

右被申立人ら訴訟代理人弁護士

井上二郎

中島光孝

主文

本件申立てを却下する。

理由

第一  申立ての趣旨

被申立人(原告)らは、申立人(被告)らに対し、大阪地方裁判所平成八年(ワ)第七二五九号組合員代表訴訟事件について、相当の担保を提供せよ。

第二  事案の概要

一  本件代表訴訟の概要

1  被申立人(原告)らは、熊取町農業協同組合(以下「組合」という。)の組合員であるが、昭和六二年四月ころから平成四年四月ころまでの間の組合の理事であった申立人らを被告として、その責任を追及する組合員代表訴訟(以下「本件代表訴訟」という。)を大阪地方裁判所に提起した。

2  被申立人(原告)らは、本件代表訴訟において、申立人らに対し、連帯して五億〇五〇九万三二三八円及びこれに対する平成八年八月九日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年五分の割合による金員を組合に支払うよう求め、請求原因として概略次のとおり主張し又は主張する予定である。

(一) 甲野太郎の不正行為

(1) 甲野太郎の地位

甲野太郎(以下「太郎」という。)は、昭和六一年四月一六日、組合南支店の支店長に就任し、平成四年四月三〇日まで、同支店に勤務していた。

(2) 横領行為

太郎は、南支店勤務中の昭和六二年一月から平成四年三月までの間、一〇一回にわたり、組合から他人に対する貸付けを行ったことにして合計一六億九七七四万八三七一円を出金し、実際には右金員を自己の株購入資金に充てて、これを横領した。なお、その借受名義人のほとんどが太郎の妻で非組合員である甲野花子であり、また、貸付けの多くが三〇〇万円を超える手形貸付けないし証書貸付けであった。

太郎は、右期間中に、計七億六九一五万二八五五円を組合に弁償し、また横領行為発覚後、太郎の親族が五億八一七〇万二二七八円を組合に弁償したが、組合は残金三億四六八九万三二三八円を未だに回収していない。

(3) 不当貸付け

太郎は、南支店の支店長の地位にあった平成二年四月二日から平成四年四月三〇日までの間に、池上守矢(以下「池上」という。)に対し合計二八回の手形貸付けを行い、その結果、組合の池上に対する貸付残高は一億五八二〇万円となっているが、池上は、右貸付けを否定し、組合もそれを立証する資料がない上、仮に池上に対する訴訟において勝訴しても、右貸付けを回収し得る見込みがない。

(4) 組合の損害

右太郎の横領行為及び不当貸付行為(以下、併せて「太郎の不正行為」という。)によって生じた組合の損害は、合計五億〇五〇九万三二三八円である。

(二) 申立人らの地位

申立人らは、昭和六二年一月から平成四年四月までの間、以下のとおり、いずれも組合長を補佐して全体を統括する責任と権限をもつ専務理事(職制規程16条)ないし金融部門の運営について責任をもつ金融担当理事(規約20条)であった。

(1) 昭和六二年度

専務理事は申立人下中敬造(以下「申立人敬造」という。)、金融担当理事は申立人阪上勝(以下「申立人勝」という。)であった。

(2) 昭和六三年度

専務理事は申立人敬造、金融担当理事は申立人勝であった。

(3) 平成元年度

専務理事は申立人敬造、金融担当理事は申立人勝及び同阪上正三(以下「申立人正三」という。)であった。

(4) 平成二年度

専務理事は申立人敬造、金融担当理事は申立人勝及び申立人正三であった。

(5) 平成三年度

専務理事は申立人敬造、金融担当理事は申立人勝、申立人正三、申立人大屋稔(以下「申立人稔」という。)及び申立人田中吉弥(以下「申立人吉弥」という。)であった。

(三) 申立人らの職務懈怠

(1) 貸付決定段階

太郎の不正行為として行われた貸付名義での出金ないし不当貸付けは、そのほとんどが、借入申込書及び貸付稟議書並びに借入申込みに際し提出させた書類によって金融担当理事及び専務理事に報告されていたはずであり(貸付業務規程9条1項、3項、職務権限表3金融部37、38、5支店36)、また、それらは個人に対する三〇万円を超える貸付けでありかつ非組合員に対する貸付け(以下「員外貸付け」という。)であるから、原則として担保を徴求しなければならず、金融担当理事、専務理事が検証し、貸付審査委員会の議を経て、組合長が決定して、理事会に報告されていた(貸付業務規程「保証・担保の徴求基準」(徴求基準)1(2)、職務権限表3金融部38、39)。

申立人らは、いずれも専務理事ないし金融担当理事であったのだから、これらの貸付けが、その内容において適当であるかを検討し、その正しいことを証明すべき義務、すなわち検証の義務があったものであり(職制規程14条)、しかも申立人敬造にあっては専務理事として貸付審査委員会を招集して審査をすべきであった。太郎の妻甲野花子名義の借入申込書が続けて回付されてきた場合、申立人らは、その金額、接近した時期に多数回の借入申込みがされたこと、太郎が支店長をしている南支店での取扱いであったことなどから不審を抱いてしかるべきであった。しかるに、申立人らは、右検証の義務を怠って員外貸付けであることや担保を徴求していないことなどを看過し、さらに貸付けの真相を追及すべき義務があったのにこれを怠り、申立人敬造にあっては貸付審査委員会を招集する義務があるのにこれをしなかった。

(2) 貸付実施段階

太郎の不正行為として行われた貸付名義の出金のうち、金額が五〇〇〇万円以上のものについては、直接組合から振り込むことや、大阪府信用農業協同組合連合会(以下「信連」という。)にある組合の当座預金口座から振り込むことができないため、組合本店にその旨の連絡がされ、部長・参事が定期預金解約の決定し、金融担当理事及び専務理事に報告されていた。

申立人らは、いずれも専務理事ないし金融担当理事であったのだから、定期預金解約の報告により、南支店において太郎の妻に対する貸付けとして多額の出金がされたことも知ったはずであるから、申立人らは、右貸付けの真相を追及すべき義務(特に申立人敬造にあっては貸付審査委員会を招集する義務)があった。しかるに、申立人らは、これを怠った。

(3) 貸付管理段階1

組合では、支店長、課長が、貸付金の管理のため、当座貸越、手形貸付、証書貸付全般の貸付先の氏名、担保、金額を記載した貸付月報を作成し、これを常務理事、専務理事、組合長等に報告する扱いになっていたことから(職務権限表5支店40)、仮に太郎の不正行為として行われた貸付けについて借入申込書や稟議書が作成されていなかったとしても、それらはいずれも、貸付月報に記載され、金融担当理事、専務理事に報告されていた。

当時専務理事ないし金融担当理事であった申立人らは、遅くとも貸付月報により、貸付額、担保徴求状況、員外貸付けであるかどうかを知ることができたのであるから、その時点で、適切な調査をして、各貸付けが不正規なものであることを発見し、貸付関係書類の整備、所定の決定過程の履践、担保の徴求等の貸付けの正常化のための措置を講ずるべきであった。しかるに、申立人らは、太郎の不正行為として行われた貸付けが員外貸付けであることや担保を徴求していないことなどを看過し、さらに貸付けの真相を追及することを怠った。

なお、太郎は昭和六三年四月以降平成四年二月まで、南支店の貸付月報を作成していなかったが、貸付月報による報告がなかったことは、その報告を受けるべき専務理事ないし金融担当理事であった申立人らには明らかであったにもかかわらず、それを問題にすることなく、その作成の指示等をしなかった。

(4) 貸付管理段階2

組合では、月次決算書及び決算書の作成のため、貸出金利息の収益、貸出金平均残高、貸出金利回りとともに貸付先氏名、貸付金額が記載される仮決算整理事項算出明細書及び決算整理事項算出明細書を作成するものとされており、これは、常務理事、専務理事、組合長等が検証した上、理事会において決定するものとされていた(職務権限表2総務部79)。

専務理事ないし金融担当理事であった申立人らは、日計総勘定元帳や決算整理事項算出明細書などの資料によって太郎の不正行為を知ることができ、それが自ら検証したものか否か、貸付審査委員会の審査を経たものであるか否かを知ることができたにもかかわらず、これを放置して何らの是正措置を講じなかった。

(5) 申立人らの以上のような職務懈怠の結果、太郎の横領行為の発見が遅れ、以後の太郎の横領行為を結果的に許してしまった。また、池上に対する不当貸付けを防止することができず、また、早期に回収のために適切な措置を執ることもできなかった。

二  申立人らの主張

1  「悪意」の意味

担保提供命令の要件とされている農業協同組合法(以下「農協法」という。)三九条、商法二六七条六項、一〇六条二項の「悪意ニ出デタルモノ」とは、正当な権利の実現ないし利益の保護を目的とせず、組合員たる地位に名を借りて不当な個人的利益を追求し、あるいは理事に対して私怨を晴らす等の不当な目的で代表訴訟を提起した場合、又は、請求の根拠が薄弱で、理事の責任が認められる余地が少ないのに、それを知り若しくは容易に知りうべきであったのに代表訴訟を提起した場合をいう。法は、このような代表訴訟の濫用によって理事が不当な不利益を受けることがないように担保提供制度を定めているのである。

また、農業協同組合は非営利団体であり(農協法八条)、理事の三分の二は地域内の農民から選任され(農協法三〇条及び定款)、他から推薦を受けて奉仕的精神から理事になるものが多いことから、濫用的代表訴訟が担保提供もなしに認められると理事のなり手がいなくなってしまうことにも配慮されるべきである。

2  不当訴訟について

(一) 主張の具体性

(1) 本件代表訴訟において、被申立人らは、理事に義務違反があると主張するが、全くの抽象論に終始しており、個々の理事ごとの義務の内容、義務違反の態様、義務違反と損害との因果関係などを具体的に論じていない。

(2) 被申立人らの主張する担当理事(規約20条)と理事の諮問に応じて組合の運営に協力する存在である各委員会(同三一条)とはその職責の異なる別のものであり、相手方の主張は、これを混同するものである。

(二) 根拠薄弱

さらに、被申立人らが、申立人らの義務違反として述べるところは、前提事実を誤っていたり、金融委員会の委員に関する認識を誤っているなど、およそ理由のないものといわざるをえない。

(1) 申立人敬造は専務理事であったが、その他の申立人らは金融委員会の委員にすぎず、金融担当理事ではなかった。

(2) 貸付審査委員会は、金融委員会の委員全員と組合長、専務理事及び常務理事の常勤理事とで構成され、その招集は、委員会規程制定前は組合長、委員会規定制定後は金融委員会委員長が行うのであり、専務理事に招集権限はない。

(3) 農協が振り込む金額が五〇〇〇万円前後の場合は信連の当座預金口座から振り込むが、それ以上多額となる場合には信連の当座預金残高だけでは振り込めないとの連絡が信連からなされる。しかし、その場合に農協の定期預金を解約するなどという事実関係にはおよそない。農協の取り組んだ為替の決済資金は、信連にある農協の当座勘定口座において支払われるが、当座勘定口座には貸越契約が併せて締結されており、当時の貸越極度額は四億円であって、たとえ当座勘定残高がマイナスであっても四億円に至るまでは自動的に決済されるので、これまで一度も定期預金を解約したことはないし、定期預金の解約に関する何らの協議もされたことはない。

(4) 太郎が正規のルールに則って借入申込書を提出し、あるいは貸付稟議書を提出していたなら、それを受けて所定の手続に従った適正なる処理がなされるべきであることはもちろんであり、もしもその過程で判断を誤ったということであれば、責任問題も俎上に載ることになろうが、本件において太郎は、伝票操作のみで横領行為を働いたものであって借入申込書や貸付稟議書はそもそも提出されていない。また、決算整理事項算出明細書の基礎資料にも手が加えられていたために決算整理事項明細書は実体を正確に反映していなかった。したがって、検証をし、あるいは真相を追求することがそもそもできなかった。支店の最高責任者である支店長が組合を騙すつもりで巧妙な操作をして不正行為を働いているものを被申立人が主張するように簡単に見抜けるものではない。実際、太郎の横領行為は、大阪府農業協同組合中央会と大阪府農政課がそれぞれ隔年ごとに(つまり毎年)行っていた検査においても発見されなかった。

(三) 全期間の請求について

被申立人らは、申立人ら全員に対して太郎の違法行為が行われた全期間の監督義務違反に基づく損害賠償を請求しているが、申立人らの全員が太郎の不正行為が行われた期間継続して理事の地位にあったわけではないのであるから、右主張は明らかに失当である。

(四) 悪意

被申立人らは、金融委員会の委員である阪上富蔵(以下「富蔵」という。)を通じ、右各事実を知っていたのであるから、本件代表訴訟におよそ理由のないことを知った上で訴えを提起したものである。

3  抗弁の成立

(一) 太郎の不正行為によって組合が被った損害は、実質的にてん補されている。

(二) 太郎の不正行為による損害のうち、横領分については、組合が太郎を被告として提起した損害賠償請求訴訟において二億九〇四八万七二九八円と認められ、右判決は確定している。

また、組合が池上を被告として提起した訴訟が係属中であるが、右訴訟で敗訴したとしても、損害は一億六九七〇万円であり、池上の一八四九万八六五九円の定期貯金債権との相殺も可能である。

(三) その後、組合は、太郎の自宅の本人持分を売却して二九〇〇万円の弁済を受けたが、いまのところ充当関係が確定しないことから、これを仮受金勘定で処理している。

(四) また、申立人敬造は、平成四年五月八日、信用不安の防止を第一義として、道義的見地から、組合に対し、私財九億〇九三〇万八九六〇円を拠出した。組合は、右金員を、仮受金に振り替えていたところ、その後に損害分の一部回収が実現したことから、四億〇九三六万八九六〇円を返還したが、なお五億円を仮受金として保管し、申立人敬造との間で太郎の不正行為によって組合に生じた損害のてん補にいつでも充てることができる旨確認している。

農協の経理上右五億円が損害のてん補に確定的に充てられておらず、仮受金処理をしているのは、関連する訴訟が係属中で損害額が確定していないからにすぎず、実質的に損害処理は解決済みである。

(五) 申立人敬造の五億円の拠出は役員会で報告了承されており、平成八年五月の総会において被申立人らの質問に対する回答の中で説明済みである。また、被申立人らは、富蔵を通じ、右の事実を知っていた。

(六) 以上のとおり、被申立人らは、本件損害が実質的に填補されていることを知った上で本件代表訴訟を提起している。

4  不当目的

(一) 一般論

本件代表訴訟は、組合の理事である富蔵の意を受けた被申立人らが、代表訴訟に名を借り、富蔵の意にそわない申立人ら組合の役員を困窮、弱体化させることにより、自己に服従させ、あるいは役員を退かせることを目的として、いわゆる権力闘争の道具として提起されたか、又は、金銭の取得等の個人的利益を目的としたものであり、組合員としての正当な権利の実現を何ら目指したものではない。

これは、被申立人らが主張する被告選定の基準がいずれも抽象的な上、その内容も、監督義務違反の存否とは全く関係がない太郎の不正行為発覚後の対応であって、合理性を欠くこと、(二)ないし(七)のとおり、被申立人らの被告選択が不当であること、(八)のとおり、被申立人らが金銭の要求をしていること及び前記3のとおり、組合の損失が実質的にはてん補されていることを知って本件代表訴訟を提起していることから、明らかである。

(二) 被申立人らは、富蔵を被告としていない。

富蔵は、太郎の不正行為の期間中継続して金融委員会所属の理事の地位にあり、発覚前後の二年間は非常勤理事のまとめ役であり、かつ常勤理事(理事長、専務理事、常務理事)とのパイプ役という重要な地位である筆頭理事の地位にあったから、当然被告とされるべき者である。

さらに、富蔵は、太郎の不正行為が発覚した後の平成四年五月三日の組合員総会において、太郎による横領行為などの事実を報告しておらず、平成六年一二月以降はただ一度の例外を除いて何の理由もなく定例委員会に欠席しており、また、整理委員会の委員であり、組合の損害回復に努力すべき地位にあったにもかかわらず、太郎の父である甲野次郎(以下「次郎」という。)に対する責任追及に否定的な発言をするなどの行動をとっている。

富蔵は、平成六年四月一三日に開かれた総務委員会においては、太郎の不正行為が行われた期間中に理事ないし監事の地位にあったものに対する退任慰労金の不支給について賛意を表していたものの、その旨を確認する平成六年四月一四日付け文書への署名を理事及び監事の中で一人だけ拒否している。

その一方、富蔵は、太郎の不正行為の発覚後、申立人敬造、同正三をはじめとする他の役員の糾弾に精力を注ぎ、他の役員を非難中傷する文書を作成、送付、配布するなどして、役員の正当な業務の執行を妨害し、組合の正常な運営を阻害している。

このように、被申立人らの主張に従えば、被告とされて然るべき富蔵が、本件代表訴訟の被告とされていないのは、本件代表訴訟が、富蔵の権力闘争の道具として提起されたからに他ならない。

(三) また、被申立人らは、辻春造(以下「辻」という。)を被告していない。

辻は、太郎による不正行為の期間中から平成五年五月三日まで継続して組合長理事の地位にあったが、平成四年四月末の太郎の不正行為発覚後に開かれた同年五月三日の組合員総会において報告をしなかったばかりか、また訴訟等の損害回復手続を取らずに、問題を放置していた。

また、辻は、退任慰労金の受給を辞退してはいるが、定款の定めも総会決議もないから、辻は退任慰労金の支払請求権を有していたわけではない(農協法三九条、商法二六九条)。さらに、組合の役員会で太郎の不正行為時に理事にあった者に対しては退任慰労金の支給を見合わせる旨の決議をしているところ、辻は、その旨の確認文書にも署名しているから、太郎の不正行為当時の組合長として退任慰労金の支給を受けないのは当然である。仮に、退任慰労金が支給されるとしても、その額は三〇〇〇万円程度にすぎず、また家屋等の財産を有しているから、申立人敬造のように私財を投げうったとも言えない。

このように、申立人らと何ら立場の異ならない辻が本件代表訴訟の被告とされていないのは、辻が富蔵を筆頭理事に推薦した人物であり、富蔵と親しいからである。

(四) さらに、本件代表訴訟においては、その他富蔵と良好な関係にある役員は、一人も被告に加えられていない。

(五) その一方で、前記のとおり、申立人敬造は、組合の損失のてん補のために五億円もの拠出をしているにもかかわらず、被告とされている。これは、富蔵が、申立人敬造に対して悪意を持っていたからに他ならない。

なお、被申立人らは、申立人敬造を被告としたのは、太郎の不正行為発覚後の同人の姿勢に問題があるという。しかし、申立人敬造が独断で太郎の不正行為の処理を行ったなどの被申立人らがあげる事由は、全く根拠のないものである。

(六) 申立人稔は、太郎の不正行為発覚後組合を退職しているが、前記確認文書に基づいて退職慰労金を受給していない。にもかかわらず、同じように退任慰労金受給を辞退するといっている辻と異なり、被告とされたのは、富蔵が、申立人稔に対し、悪意を持っているからである。

(七) その他、本件代表訴訟で被告とされている申立人らは、いずれも、太郎の不正行為発覚後の富蔵の言動をいさめる立場をとっていたことから、富身が目の敵にしていた役員ばかりである。

(八) 代表監事北川義輝、同田中一義及び監事中佐右エ門が、申立人らに対する訴えの提起を請求した被申立人らの意思を確認するため、被申立人宮内茂のもとを訪れたところ、同被申立人は、「(原告ら)一人につき一〇〇〇万円、計五〇〇〇万円出してくれれば、考えても……」とか「一億出せば、いや冗談、冗談。」等と申立人らが同被申立人に金銭を支払えば本件代表訴訟を提起しない旨の発言をした。

被申立人らは右発言を冗談にすぎないというが、代表監事らが公的に訪問した場における発言であり、冗談で済む問題ではない。

5  結論

本件代表訴訟の提起により、申立人らは、訴訟追行のために多額の費用、多くの時間、労力をさかれることになる上、本件代表訴訟の提起が新聞報道されたことにより社会的信用を傷つけられるとともに、多大なる精神的苦痛を被っており、かかる無形の損害も重大であるから申立人それぞれにつき、少なくとも一〇〇〇万円の担保提供を命じるべきである。

三  被申立人らの主張

1  「悪意」の意味

担保提供制度の趣旨は、組合員代表訴訟の提起が不当訴訟として不法行為を構成する場合に、被告とされた理事が、後に取得する損害賠償請求権の担保をあらかじめ提供させておくというところにある。そして、組合員代表訴訟の提起・追行が不法行為を構成するのは、組合の理事に対する損害賠償請求が事実的、法律的根拠のないことを知り、又は、通常人であれば知り得たのに、あえて訴えを提起した場合であり、さらに、原告となる組合員は代表訴訟で勝訴しても固有の利益があるわけではないのであるから、「悪意ニ出デタルモノ」であるかどうかは、裁判制度の趣旨目的に照らし著しく相当性を欠くかどうかを基準として、判断すべきである。

担保提供を安易に認めると、右の趣旨を超えて、代表訴訟を阻止する手段となり、代表訴訟を通じて組合経営の健全化を図り、ひいては我が国の経済社会の安定に資するという大きな目的が、理事らの個人的利益の前に後退するという事態が生じかねないが、そのような事態は、農協法が予定したものではない。

2  本件代表訴訟における請求の根拠

組合員代表訴訟においては、その性質上、原告が訴訟の開始段階で組合や理事の情報を入手することは困難であるから、その段階で本案訴訟における立証と同程度の疎明を要求することは裁判を受ける権利を奪うのに等しい。裁判を受ける権利が憲法上保障された権利であることを踏まえ、「悪意ニ出デタルモノ」であるとの判断は、慎重にされるべきであり、組合員が相当程度の資料に基づいて訴えを提起したと認められる場合であれば、「悪意ニ出デタルモノ」に当たらないと解すべきである。

被申立人らは、本件に関連する刑事記録を入手して事実関係を把握し、かつ、申立人らの具体的義務や損害を法令、定款、規約に基づいて可能な限り主張しており、その主張は十分根拠がある。

3  抗弁の不成立

申立人敬造が拠出した五億円は、仮受金になっており、また、重大事にもかかわらず、役員会や組合員総会で審議、検討、決定等がされておらず、たとえ、申立人ら主張のような合意が存在したとしても、確定的に損害がてん補されたとはいえない。また、五億円で損害をてん補し得るかどうかも明らかでない。

4  不当目的の不存在

(一) 申立人らは、本件代表訴訟を農協内の派閥争いの道具であると主張するが、具体的にどのような権力闘争があったのか明確でない。

(二) 申立人らは、本件代表訴訟の被告の選択が恣意的であり、それが派閥争いの徴表事実と主張する。しかし、そもそも、誰を被告とするかは、原告の自由意思に委ねられるべきものであるし、責任を追及すべき者に対して責任を追及していないというのは、組合にこそいうべきである。

(三) 被申立人らは、主として横領事件発覚後、役員らが申立人敬造の進める事後措置にどう対応したか、また、法令・定款に従って民主的に組合運営をしていく姿勢があるかどうかを基準として、誰を本件代表訴訟の被告にとするかを決した。

(1) 富蔵は、太郎の不正行為発覚後、役員会の席上やそれ以外の場面でも、組合としての執るべき対応について意見具申し、積極的に組合の損害回復に努力しようとしたことから被告としなかったのである。

また、富蔵は、申立人らが、事実関係を明らかにせず、組合員に秘密裏に独断専行で、違法ないし不当な事件処理をしようとしたため、不祥事の責任を明らかにし、その上で損失処理の方策を検討し実施することの契機とするために、申立人ら主張のとおりの文書を作成、送付、配布した。右の文書の作成、送付、配布は、富蔵の理事としての責任感に基づく行為であり、権力闘争の意思によるものではない。

(2) 辻は、役員会において自己の責任を認め、事実上全財産と言うべき退任慰労金全額を組合に拠出する旨言明し、私財提供という形で責任をとった。被申立人らは、この誠意ある行動を評価して辻を被告としなかったのである。

(3) 申立人敬造は、昭和五四年から平成七年五月まで専務理事として組合運営の実務面における最高責任者であり、太郎に対する監督及び事件発覚後の事後措置において、富蔵とは比較にならない重い責任があるにもかかわらず、本件発覚直後の組合員総会でその報告を怠るなど、太郎の本件不正行為を組合員に隠そうとしていた。

また、申立人敬造が事後処理として行った次郎に対する五億円の融資は、担保評価に問題があるうえ、明らかに一組合員に対する貸付限度を超えるものであった。

(四) 申立人らの主張する被申立人宮内茂の発言は、同人が監事三名の訪問を受けた際、同人らの本件代表訴訟を提起しないようにとの要求をその場できっぱり断った上で、申立人ら主張の発言をしたのであり、文脈からして文字通り「冗談」であることは明白である。

第三  当裁判所の判断

一  「悪意ニ出デタルモノ」の意義

1 農協法三九条、商法二六七条六項、商法一〇六条二項にいう「悪意ニ出デタルモノ」とは、①請求原因の重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がない場合、請求原因事実の立証の見込みが低いと予想すべき顕著な事由がある場合、あるいは申立人の抗弁が成立して請求が棄却される蓋然性が高い場合などに、そうした事情を認識しながら若しくは通常人であれば容易に認識し得たにもかかわらず、あえて訴えを提起したものと認められるとき、又は、②代表訴訟を手段として不法不当な利益を得る目的で訴えを提起した場合をいうものと解するのが相当である。

2  もっとも、請求の認容の可能性あるいは請求原因事実、抗弁事実の立証可能性に関する判断は、いわば本案の審理・判断を先取りするものとなることや、疎明に基づいてされるものであることなどを考慮し、慎重にされるべきものである。

また、代表訴訟制度は、理事の責任を追及することによって組合の運営ないし経営を是正する機会を組合員に認めたものでもあるから、組合員が、純粋に組合が受ける直接的利益のみを目的として代表訴訟を提起したのではなく、組合の運営ないし経営に関連する他の目的を持って代表訴訟を提起しても、その結果、理事の責任が明らかにされ、組合の被った損害の回復が図られるならば、法が代表訴訟制度を設けた趣旨に沿うと考えられる。したがって、他の目的を有する全ての場合に担保提供を命じるべきではなく、担保提供を命ずべき場合に当たる代表訴訟を不法不当な利益を得る目的で提起した場合とは、代表訴訟を手段として組合の運営ないし経営とは関係ない個人的な利益を得る目的など、正当な組合員としての権利の行使と相容れない目的を持って代表訴訟が提起された場合に限るべきである。

二  請求認容の可能性

1  まず、申立人らは、被申立人らが主張する請求原因が、抽象的な義務違反を主張するのみで、申立人ごとに具体的な義務違反等を主張していないから、主張自体失当である旨主張するので、これについて検討する。

(一) 本件代表訴訟は、組合が太郎の不正行為によって被った損害について、理事の地位にあった申立人らの職務懈怠ないし忠実義務違反を理由に、組合に対し損害を賠償するよう請求するものであるものから、被申立人らは、請求原因として右職務懈怠ないし忠実義務違反を基礎づける事実を主張することが必要である。とりわけ、一件記録及び審尋の結果によると申立人らは、それぞれ理事に就任していた時期が異なる上、組合の理事は、その担当によって職務権限に差異があることが認められるから、申立人らの職務懈怠等の主張をするに当たっては、申立人らの右のような地位及び地位についていた時期に応じて各人ごとに職務懈怠等を基礎づける具体的事実を主張しなければならない。

(二) 被申立人らが申立人らの責任原因として前記第二の一のとおり主張し、又は、主張する予定であるが、その内容は、要するに、申立人らは、専務理事ないし金融担当理事として、組合の貸付けに関して具体的な権限と義務を有していることを前提に、組合の内規などによると、貸付決定段階及びその後の貸付管理の段階のいずれにおいても、貸付けを行うことないし貸付けの事実が専務理事及び金融担当理事に報告されることになっているので、専務理事ないし金融担当理事であった申立人らは、組合の貸付けの形式をとった太郎の不正行為を知ることができたのであるから、それを防止ないし是正する措置を講ずべきであったというものであり、理事の権限の違い並びに個々の貸付けの決定、実行及び管理の段階における組合内での決済手段、貸付状況の報告及び決済の手続を具体的に示した上で、専務理事ないし金融担当理事であった申立人らは太郎の横領行為ないし不当貸付を防止ないし是正することができ、また、すべきであったことを具体的に主張している。この請求原因は、重要な部分に主張自体失当の点があり、主張自体を大幅に補充あるいは変更しない限り請求が認容される可能性がないものということはできず、申立人らの右の主張は採用できない。

2  また、申立人らは、被申立人らの主張は、前提事実に重大な誤りがあり、それが認められることはない旨主張するので検討する。

(一) 申立人らは、申立人稔、申立人正三、申立人勝及び申立人吉弥は、金融担当理事ではない旨主張する。

被申立人らの主張する右の申立人らの責任原因が認められるためには、右の申立人らが金融担当理事であったことが立証されることが必要であるところ、一件記録及び審訊の結果によると、被申立人らは、金融委員会に所属する理事が金融担当理事であると考え、右の申立人らが金融委員会に所属していたことから、金融担当理事であったことを立証しようとしていることがうかがわれる。しかし、組合において、金融部門の運営の一切について責任を持つ(規約20条。疎乙二)金融担当理事が複数存在することや、右のような金融担当理事が諮問機関である(規約31条によると、委員会は理事の諮問に応じて組合の運営に協力するものとされている。)金融委員会に所属する理事を兼務していることは、確かに考えにくい面がある。

しかしながら、一件記録によれば、組合においては各部門ごとの担当理事のみが招集される部門理事会が存在するのであるから(規約21条)、金融担当理事が複数存在する可能性や金融委員会に所属する理事が金融担当理事を兼務している可能性も否定し得ない。また、申立人らは、前記の四人の申立人らが金融担当理事であったことを否定するのみで、それ以上その根拠(例えば、太郎の不正行為の期間中の一定の期間、前記四人の申立人ら以外の者が金融担当理事であったことを具体的に主張し、疎明することなどが考えられる。)を明らかにしていない。そうすると、本案の審理に入っていない現段階においては、金融担当理事が問題となっている期間を通じて誰であったかは一件記録上は明らかではなく、今後、書証や人証によって前記の四人の申立人らが金融担当理事であったことの立証の見込みが低いと予想すべき顕著な事由があるとまではいえない。

(二) また、申立人らが、被申立人が前提を誤っていると主張する信連からの通知や、貸付委員会の構成及び招集権限については、被申立人提出の規約(疎乙二)ないし貸付業務規程(疎乙七)に明確な記載がなく、その他立証の見込みが著しく低いことについての疎明がないうえ、仮に右事実が代表訴訟で立証できなかったとしても、その他貸付けの決定手続、報告手続における申立人らの義務違反についての被申立人らの主張が認められれば、請求が認容される余地があるから、結局、申立人らの主張は理由がない。

(三) さらに、申立人らは、太郎の横領ないし不当貸付は、伝票操作のみで行われた上、決算整理事項明細書の基礎資料にも手が加えられていたなど巧妙になされたため、申立人らにおいて右横領行為等を知ることができなかったから、被申立人ら主張の請求原因には理由がないと主張する。

しかし、組合の内部で実際行われた決済手続や太郎の不正行為が巧妙で申立人らがその不正行為を認識して正すことが不可能であったか否かについては、本件疎明資料から明らかではなく、右はまさに本案において審理・判断すべき事実に属するものであって、被申立人らの主張が、会社の内規等に明らかに反するとまではいえない以上、立証の見込みが低いことが顕著であるとはいえない。

3  次に、申立人らは、被申立人らが、申立人ら全員に対して太郎の不正行為が行われた全期間の監督義務違反に基づく損害賠償を請求していることにつき、被申立人らの主張には一部失当の点がある旨主張する。

被申立人らの主張は、申立人らが専務理事ないし金融担当理事であることを前提とするものであるが、被申立人らは、申立人敬造については、太郎の不正行為が行われた期間中継続して専務理事の地位にあり、申立人勝も右期間中継続して金融担当理事の地位にあった旨主張する一方、申立人正三が金融担当理事であったのは平成元年からであり、申立人稔及び申立人吉弥が金融担当理事であったのは、平成三年度のみであると主張しているのであるから、申立人正三、申立人稔及び申立人吉弥に対する関係では、同人らが金融担当理事の地位になかった時期に金融担当理事が防止又は是正措置を講じるべきであった不正行為による損害について職務懈怠を理由として賠償を請求することは、主張自体で失当ということになる。

しかしながら、被申立人らの主張の一部について失当の点があるとしても、それによって直ちに被申立人らの右三人の申立人らに対する請求が全て認められないとされるわけではない。太郎の不正行為が行われた期間中、横領行為については後半になって高額になり、不当貸付けは期間の後半に行われていることなどに鑑みると、被申立人らの右主張が失当となる部分が現段階では特定されているとはいえないし、また、その部分があるか否かによって、前記三名の申立人らの応訴の態度が異なったり、応訴の負担が著しく異なることをうかがわせる事情もないから、右部分があることによって、被申立人らに担保を立てさせる必要はない。

4  まとめ

以上のとおり、原告主張の請求原因は、主張自体失当ないし立証の見込みが低いと予想すべき顕著な事由があるとはいえない。

三  抗弁が認められる可能性の存否

1  一件記録及び審訊の結果によれば、次の事実を一応認めることができる。

(一) 太郎は、組合から金員は合計一七億〇七七四万八三七一円を横領したがそのうち、八億二〇五五万八七九五円を横領行為継続中に返済した。また、太郎の父である次郎が組合に対して五億八一七〇万二二七八円の被害弁償をした。

(二) 組合は、太郎に対して、横領行為による損害の賠償を求める訴えを提起し(道幸孝行に対する貸付残額一五〇〇万円については横領による被害金額ではないとしている請求しなかった。)二億九〇四八万七二九八円とこれに対する平成四年三月七日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を命ずる判決がされ、その判決が確定している。

(三) 組合が太郎を担当者とする池上への貸付けの残額は、少なくとも一億五八二〇万円であるが、池上が借受けの事実を否定している上、池上に対する右貸付金の返済請求訴訟において組合が全面勝訴したとしても、池上の一八四九万八六五九円の定期預金債権と相殺することができるものの、その余は回収の見込みがない。

(四) 申立人敬造は、以上の損害のてん補を目的として五億円を拠出し、組合は、右金員を仮受金として保管しているが、申立人敬造と組合とは、組合の損害が確定後そのてん補に充て、残額は返還する旨の合意をしている。なお、組合は、太郎から、その自宅の太郎の持分の売却して得た二九〇〇万円の交付を受けたが、これも仮受金として受理している。

(五) 次郎が組合に対して支払った被害弁償金のうち五億円は、同人が組合から五億円を借り入れてこれを組合に支払うという形式で組合に弁済されたものであるが、次郎は、右借入金債務の存在を争ったので、組合は、次郎を被告として右貸付金及びその利息・遅延損害金の支払を求める訴訟を提起したが、組合の右の請求は、第一審では、八〇〇〇万円とこれに対する民法所定の遅延損害金の限度で認容され、その余は棄却された。現在、この訴訟は、控訴審に係属中である。

2  申立人敬造が拠出した五億円による組合の損害のてん補に関しての申立人敬造と組合との間の合意については、申立人らも弁済ないし和解契約であって組合の損害が既に最終的にてん補されているとまで主張するものではなく、損害が「実質的にてん補」されているにすぎないと主張しており、申立人らが仮に本件代表訴訟で右五億円の拠出を主張したとしても、当然には抗弁にはなり得ないのみならず、右1認定の事実によると、右五億円によって組合の損害のすべてがてん補可能であるかどうかも必ずしも明らかではなく、結局、請求が根拠のないものとして棄却される蓋然性が高いとはいえない。

四  不当目的

1  申立人らは、まず、本件代表訴訟は、申立人らに敵意を持つ富蔵の権力闘争の意図の下に提起されたものであり、このことは、被申立人らが富蔵及び富蔵と親しかった理事を被告とせず、富蔵が敵対視していた申立人らのみを被告としていることから明らかである旨主張する。

2 代表訴訟においても、誰を被告として訴えを提起するのかは、原告の選択に委ねられており、ただ単に、通常は被告としても然るべき者を被告としておらず、被告とした者にも被告としなかった者と同様の事情のある者がいることや、誰を被告とするのかの基準が明確でないことは、それ自体からだけでは、代表訴訟の提起が「悪意ニ出デタルモノ」と一応認めることはできない。

申立人らには、前記のとおり、申立人らのみが被告となっていることから、本件代表訴訟が、組合内部での派閥争い、権力闘争の道具、富蔵が敵対視していた申立人らに対する攻撃手段とするという不当な目的で提起されたものである旨主張するのであるが、そこでいう派閥争い、権力闘争は、はなはだ抽象的であり、組合の役員間において具体的にどのような内容の派閥争い、権力闘争があり、具体的な派閥争い、権力闘争において本件代表訴訟がどのように位置づけられるのかについての主張も疎明もなく、単に富蔵が申立人らに敵意を持っていたというにすぎない。また、申立人ら役員を困窮、弱体化させることにより、富蔵に服従させ、あるいは役員を退かせることを目的とするとの主張も、何ら派閥争い、権力闘争の内容を具体化するものではない。

3  なお、一件記録によれば、富蔵は、大阪府農林水産部農政課及び大阪府農業協同組合中央会会長に対し、申立人らの組合の理事などの管理が杜撰であった旨を主張する文書を送付したことがあり、また、組合の理事の責任を追及する旨の文書を熊取町内において配布した「熊取町農協の適正なる運営の確立を求めるサークル(会)」と関係があること、本件代表訴訟の原告である被申立人らとの間に一定の関係があることなどが一応認められるが、右各文書は、太郎の不正行為に関して申立人らの責任を追及する旨の内容を基調としたものであって、その内容からも、それが大阪府農林水産部農政課及び大阪府農業協同組合中央会会長に送付され、あるいは組合員等に配布されたことは、直ちに富蔵が申立人らに対して個人的な敵意を持っていたことを裏付けるものということはできず、ましてや、被申立人らに組合の運営ないし経営とは関係のない個人的利益を得ようという目的があることをうかがわせるものということはできない。

4  よって、被申立人らの主張する被告の選択基準の内容に立ち入って判断するまでもなく、申立人らの前記1の主張を採用することはできない。

5  申立人らは、また、被申立人らが、申立人敬造の五億円の拠出によって組合の損害が実質的にてん補されているのに、これを知って代表訴訟を提起していることも、被申立人らが不当不法な目的をもって本件代表訴訟を提起したことを裏付ける事情である旨主張するが、前記認定説示のとおり、申立人敬造の五億円の拠出によって組合の損害がてん補され得るかどうか必ずしも明らかではない。

6  さらに、申立人らは、被申立人らが金銭を取得する目的で本件代表訴訟を提起した旨主張するところ、一件記録によれば、被申立人宮内昇が、平成八年六月、組合の代表監事らに対し、申立人ら主張のような発言をしたことが一応認められるが、右以外に被申立人らが、組合ないし申立人らに対し、何らかの金銭要求をした事実の主張も疎明もないことからすれば、右発言をもって被申立人らが金銭を得る目的で本件代表訴訟を提起したと一応認めることもできない。

五  結論

よって、申立人らの本件担保提供命令の申立ては理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官水上敏 裁判官稲葉一人 裁判官齊藤充洋)

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